歴史

大河ドラマ『べらぼう』さくっと人物紹介:田沼意次

大河ドラマで注目!田沼意次とはどんな人物?

現在放送中の大河ドラマ『べらぼう』に登場し、いかにも聡明そうな幕府役人、田沼意次(たぬまおきつぐ)。その名前を聞いて少し日本史に詳しい方であれば「なんか賄賂たくさんやってた時代の人?」と思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、彼は江戸時代中期において、時代の先端を行く改革を実施した革新的な政治家でもありました。本記事では、田沼意次の人生や功績、どのような人物だったのかをさくっとご紹介します。

※以下大河ドラマの今後の展開によっては、ネタバレとなってしまう可能性がございますので、ご了承の上お読みください。

老中とは?田沼意次の地位と役割

まず、田沼意次が就く役職である「老中」について触れておきましょう。老中は江戸幕府における最高職の一つで、将軍を補佐しながら幕政を統括する役割を果たしました。基本的に老中は複数人いる役職のため、今で言うと「首相」と「大臣」の間のような近い存在でしょうか。財政、外交、防衛など多岐にわたる分野を管理するため、まさに幕府の中枢機関と言える存在です。

田沼意次は、1769年に老中に任命され、約20年間にわたり幕府の実権を握りました。特に、商業や産業の振興を通じて幕府の財政を立て直すことを目指した政策は、当時の江戸社会に大きな影響を与えます。

田沼意次の人生を追う

田沼意次は1719年、幕府の直臣である旗本の家柄として江戸で生まれ、このような人生を歩みます。

  • 1719年: 誕生
  • 1735年:父・意行の逝去に伴い、家督を継ぐ
  • 1758年:1万石の大名として取り立てられる。
  • 1772年: 老中に任命され、幕府の政治を統括。
  • ~1786年: 田沼時代。貿易・蝦夷開発・専売制の拡大等様々な改革に取り組む
  • 1786年:天明の大飢饉や社会不安の中で、後ろ盾である徳川家治が亡くなり、意次も失脚。
  • 1788年:生涯を閉じる。

政治改革とその影響

田沼意次の改革の中心は、幕府の財政を立て直すことでした。当時の幕府は財政難に陥っており、これを解消するために、農民からの年貢だけには頼らない、商業や産業を活性化させる政策を打ち出しました。彼の政策をいくつかのポイントに分けて説明します。

株仲間の推奨

田沼は「株仲間」と呼ばれる商人の組合の公認を促進しました。これによって、商人たちが独占的に商売を行うことを許す代わりに、彼らから営業税を幕府が徴収して財源を確保する仕組みを強化しました。当時の商業活動は活性化し、幕府の財政基盤も一時的に強化されます。

蝦夷開発

仙台藩の医師工藤平助の進言を聴き、最上徳内を蝦夷地(北海道)に派遣しロシアとの貿易や新資源の可能性を探りました。当時の北海道はアイヌの方が多く住んでおり、まだまだ幕府としても把握しきれていないという課題があり、新しい土地の開発は幕府・日本の発展のキーになりうる要素でした。

新田開発と鉱山事業

田沼は農業や鉱業の振興にも力を注ぎます。新しい農地を開拓する「新田開発」を進め、米の生産量を増やすことで食料供給を安定させる狙いがありました。また、鉱山事業にも積極的に取り組み、金や銅といった貴重な鉱物資源の採掘を進めます。

政策の課題と限界

一方で、田沼の権勢は徐々に陰りを見せます。株仲間や専売制によって利益を得た商人や役人の間で不正が横行し、贈収賄が蔓延するようになり、幕府内からも「武士らしさを退廃させている」という批判が強まります。

さらに、1782年から1788年にかけて発生した「天明の大飢饉」により、農村部での凶作が続き、多くの人々が飢えに苦しむ中、幕府の財政政策では十分な救済が行えず、彼への批判が一気に高まりました。

その後息子の田沼意知が刺殺されてしまう悲劇が起きると影響力は一気に衰え、後ろ盾である将軍家治が死去すると田沼意次は1786年に老中の地位を追われてしまいます。

文化面での貢献

  • 田沼意次の政策は商人の力をうまく使い、幕府財政を改善するものでしたが、これに刺激を受けて、商業の発展に伴い町人文化が大いに栄えました。
  • 浮世絵や歌舞伎といった大衆文化が花開き、庶民の娯楽の幅が広がり、経済的に余裕を持つ町人層が文化や芸術を支える基盤となり江戸文化が大きく発展しました。
  • 蘭学知識の広がり
    • 田沼時代には蘭学(西洋学問)も振興しました。当時の日本は鎖国体制の中でもオランダとの交流を行っていましたが、オランダを通して物だけでなく学問・知識も江戸文化にとりいられることになります。
    • 例えば、杉田玄白らによる『解体新書』に代表される医学分野の進歩は疫病対策や衛生意識の向上につながり、庶民の生活水準を改善する一助となっていきます。

田沼意次まとめ

田沼意次の改革は、成功と失敗の両面を持つ歴史的な事例です。経済政策と倫理、改革のスピードと社会の受け入れ態勢のバランスの難しさなど、現代にも通じる部分があります。彼の試みがもたらした影響は、単なる賄賂政治の枠を超え、日本政治に社会に新しい視点を提供した点で評価されます。

大河ドラマで描かれる田沼意次。その背景には、江戸時代を変えようとした彼の挑戦と葛藤が隠されています。彼の人物像を知ることで、ドラマをより一層楽しむことができるでしょう。